私たち、はおのずと、楽しみや楽を求め、苦しみや悩みを避けようとします。本能的に、苦しみには滅びをもたらし、楽しみには救いがあると感じるのです。ところが主イエス・キリストは、言葉と行いをもって、逆のことを教えてくださいます。
今日の福音の中で、主イエスは弟子たちに「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、立法学者たちから排斥されて殺される」とはっきり示しています。そして、ご自分について来たいと思う人には、十字架、つまり、苦しみの道しかないと述べています。
キリストと出会い、キリストに従って行こうと思っても、うまく行かないときがあれば、だいたい、十字架を担っていないからです。十字架から離れたい気持ちは、絶えず迫ってくる、しつこい誘惑ではないでしょうか。
ところが、イエス様の話は十字架で終わるのではありません。「人の子は、三日目に復活することになっている。」復活と永遠の命に対する信仰と希望は、すべての困難を乗り越え、重い十字架を担う力を与えてくれるはずです。
始まったばかりの四旬節の精神に生きながら、ご復活、永遠の命に向かって、与えられた十字架を、キリストのように、担うようにいたしましょう。
Achille Loro Piana