今日の福音書のすぐ先の箇所、第16章9〜10節に、「まだ、分からないのか。覚えていないのか。パン五つを五千人に分けた時、残りを幾籠に集めたのか。またパン七つを四千人に分けたときは、残りを幾籠に集めたか」とあります。
イエズス様はここではっきり、自分はパンの奇跡を二度もしたではないか、そのことをあなたがたは忘れたのか、と言っておられるのです。繰り返したことに意味があるといわれています。何故でしょうか。繰り返さなければ分からない鈍さが弟子達にあったのでしょう。私どももそうです。何遍も言っていただかないと分からない鈍さが確かにあるのです。
「愛は反芻する」という言葉があります。親は子どもに対して、教師は生徒に対して、生きていくに当たっての大切なこと、肝心なことを忍耐づよく繰り返します。同様に、イエズス様も私どもにパンの増加の二つのしるしを通して、ご聖体の有難さ、そこに含まれる神様の思いの深さなど、大切なことを教えて下さっているのではないでしょうか。
M.M.Joseph