いよいよ待降節が始まりました。私たちはこの40日間、何を、どこに、どんなふうに待っていればいいのでしょうか。
今日の福音にあったように「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ」とイエスさまによって言われるために、どんな目を持てばいいのでしょうか。
トルストイが書いた「靴屋のマルティン」という劇のように、約束された救い主であるイエスを見出すためには日頃から小さな人々を大切にしなければなりません。可哀そうだからという発想ではなく、その中にしかイエスさまはいらっしゃらないという確信を持って。
毎日のごく平凡な生活の中にあっても小さなものに細心の心配りをしながら、喜びのうちに忙しい歳末の日々を過ごしていこうではありませんか。
パオロ