第一朗読のエレミヤ書は二つの生き方を提示します。神に信頼するのか、それとも人間に信頼するのか。どちらが良いのかは一目瞭然です。「祝福されよ!」か「呪われよ!」ですから。
今日の答唱詩編には全150編のうちの1番目が選ばれています。詩編第1編は「二つの道」として知られています。ひとつは神に従う人の道、それは命に至るものであり、もうひとつは神に逆らう者の道、それは滅びに至るものです。人の思いに従って生きるのか、それとも神の教えを愛する生き方を貫くのかー。どちらを選べと言っているのかは火を見るよりも明かですが・・・。
二つの道に注意を向けると、今日の福音へのつながりもおのずと見えてきますし、朗読箇所の前の部分、ルカ16:1-18のメッセージもつながっていることがわかります。「二人の主人に仕えることはできない」「一方を憎んで他方を愛するか、どちらかである」など。つまり「選択」です。今日の金持ちとラザロの話において、金持ちは誤った選択をしたようです。アブラハムはこの金持ちが何を選ぶべきであったのかはっきり言います。「モーセと預言者」すなわち聖書の言葉、つまりは神の言葉に従うべきであったわけです。
神を選ぶというのは、神と他の人のために自分を捧げることの日々の積み重ねです。事の大小はあまり関係なく、家事・会社勤め・勉強・畑仕事、何であっても喜んで自分を差し出すことです。その毎日の選択が自分自身を形作っていきます。金持ちはどうかというと「いつも」いい服を着て「毎日」遊び呆けていたために、ある日ラザロが門前でお腹を空かしていても気づかない人になってしまいました。
私たちは一日一日、良い道を選ぶように呼ばれています。時折失敗することもあるにちがいありませんが、長い目で見ながら、毎日の選択を通して自分をつくり上げていきましょう。そうすれば、死者の中から甦られたイエスがある日突然私たちのもとを訪れても、金持ちのように見落とすことはありません。
Daisuke