今日の福音は、ヤコブとヨハネの母がイエスに、イエスが王座に付くときに二人の息子をその右と左に座らせることを約束をしてくれるように、取り入るところです。子を思う母親とはいえ、呆れたものです。しかも、イエスが自分の死に方を語った直後の話です。ここでひとつ、この母親の名誉のために弁解するなら、4つの福音書で最も古いマルコでは、ヤコブとヨハネが直接お願いしているので、恐らく、エルサレム共同体の最も重要な役割を果たしていたこの二人の“名誉”のために、マタイでは母親に登場してもらったのだと思います。
それにしても、かなり長い、しかも濃い時間をイエスと過ごしているわりには、自分のことしか考えていないこの二人に、やはり呆れてしまいます。イエスもさぞかし深いため息をつかれたことでしょう。しかし、この2人の願いこそ、わたしたちが笑うことの出来ないものだと思います。つまり、私たちも、一応キリスト者としてそれなりに長い時間を過ごし、イエスと出会ってそれなりに濃い時間を過ごしてきていると思われるのに、イエスに深いため息を付かせている可能性が高いということです。
四旬節にあたり、ありのままの自分をありのままに反省し、イエスの深いため息をしっかりと受け止め、回心の歩みを進めたいと思います。
John Goto