「役は人を作る」と言いますが、それは逆に言えば、誰も最初から与え られた職務を立派に遂行できるわけではないということをも意味してい るのでしょう。
ペトロもイエス様に「お前は巌だ」と言われた時、与えられた召命の意 味合いを十分に理解できなかったでしょう。「それって俺のことか い?」ぐらいの他人事として捉えていたのかもしれません。無理からぬ ことです。実際マタイの福音書ではその直後にイエス様の受難の意味が 全く理解できず、イエス様に叱られるペトロの姿が描かれています。そのペトロも後に初代教会の中で立派に信者をまとめていきます。
今日 の第一朗読『ペトロの手紙』で彼はリーダーとして諸教会の長老たちに あるべき姿を示しています。やはり人がその召命をしっかりと果たしていけるようになるには時間と 苦労が必要なのでしょう。神様はそのことをご存知で、ゆっくりと忍耐 力をもって招かれた人に同伴なさってくださいます。
ペトロの生涯に私 たち一人一人の召命を重ねあわせながら詩編123章の「主はわれらの 牧者、わたしは乏しいことがない」という答唱をゆっくりと噛み締めて みたいと思います。
Daniel