「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちと一緒にあなたに従わないので、やめさせようとしました」という弟子ヨハネの発言には、寛容さがなく、そこには特権意識と閉鎖性が見られます。自分たちと違うものを排除しようとしています。寛容であるということは、自分と違う他者の面をユニークさとして受け止め、それを恵みとして、神の豊かさの現われとして感謝することだと思います。私たちの人間には、いろんな性格の人がいます。経験もそれぞれ違いますし、物事の感じ方受け止め方、そして表現の仕方も違います。もし私たちが、自分のやり方が絶対なんだと主張して他の人に耳を傾けないならば、神から恵み、聖霊の働きを台無しにし、神様を否定してしまうことになりかねません。
今日の福音でイエスは「あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである」と言っています。イエスの示すこの寛容さを持って、他者の他者性を神からの恵みとして受け止め、聖霊の働きに常に耳を傾けていくようにしていきたいものです。
Tsujiie