今日の福音は、私たちの生き方に対して鋭く問いを投げかけるものとなっている。ここで問われているのは、動機であり、私たちの視点だ。
私たちはどのような動機で行動し、祈っているのか。律法学者のように、人の目や人からの評価を気にしている自分がいるのではないか。そこに利己心が隠れていないか。私たちは謙虚に自分を見つめ、自分の隠れた動機を認めることが神との交わりを深めていく第一歩だと思う。イエスに従いたいと思っているのに、いつの間にか違う方向にそれてしまう自分がいる。この自分を縛っている根は何か。
そして、貧しい人がどんどん貧しくなっていく現代の社会システムの中で、自分はどこに視点を置いているのか。イエスの時代、献金はユダヤ人たちの義務であったが、神殿で献金をするためには献金用のお金に両替しなければならなかった。そこで商売人たちがお金儲けをし、貧しい人たちがどんどん貧しくなるシステムが確立されていた。これは現代社会でも同じだ。私たちは貧しい人たちの立場に立って、私たちの生き方を変えるよう、呼びかけられている。
そして、私たちが招かれている生き方は、究極的には、このやもめの生き方、すなわち「自分の持ち物を全部」ささげる生き方である。とても大きな問いかけが私になされている。
Tsujiie