「『わたしのパンを食べている者がわたしに逆らった』(詩編41,10)という聖書の言葉が実現しなければならない」とイエスは言っている。実際にイエスから分け与えられたパンを一緒に食べたイスカリオテのユダがイエスを裏切った。
どうもすっきりしない。ユダの裏切りは神様のみ旨だったのか、ユダは神のみ旨に従って歩んだのかという疑問がわいてくる。
ここには、キリスト教の逆説がある。確かに、イエスの十字架によってこの世に救いがもたらされたというのは、神の計画だ。しかし、イエスを裏切り、売り渡したユダの行為は、明らかに人間の罪の行いである。ここには、人間の罪深さと神の偉大な愛の計画が同時進行している。人間の弱さの極みの中に、神の最高の愛が現れている。
私たちは弱い人間だ。行い、言葉、怠りにおいて簡単に罪を犯してしまう。しかし、この私たちの無力さ、弱さの中で、神の愛が働く。自分の無力さ、弱さを謙虚に認めていきたい。そして、そこにおられる神様を感じ取って、信頼して歩んでいきたい。
Tsujiie