見ることと信じることについて。
「見ないで信じる人たちは幸いである」とは、ヨハネ福音書のみに記述されているイエスのことばです。このメッセージは、イエスのしるしを直接目にすることの無かった人々に向けられています。当然、私たちもその中に含まれます。では、現在の人々には「見ないで信じる」道しか残されていないのでしょうか。ヨハネ福音書を読んでみると、イエスが「見て信じるように」と、徹底的にしるしを見せているのが判ります。トマスの例はその最たるものです。(一方、見ても信じない人々に対しては奇蹟は行われません。)
そして、教会がイエスの仕事を引き継いでいるのであれば、教会も当然「見せる」ことに力を裂いていかなければなりません。真理を求めている人々に対して、イエスを見せること無しに「まず、信じなさい」というのは通用しません。イエスを見せる。・・・昔も今も、教会に求められていることは同じです。それは「見せる」こと、「信じられるようにする」ことです。
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