今日の福音のメッセージは、イエス様のなさる証しは真実であり、イエス様のうちに見出される永遠のいのちは、そのことを信じるか信じないかにかかっているということです。そしてその実現には、イエス様の十字架が避けては通れないものであることも示唆されます。
信じる者は新たに生まれるのです。「どうやって?」というニコデモの疑問は妥当なように思えますが、「そんなこともわからんのか!」とイエス様は一喝します。聖霊によって新たに生まれるのです。これはわたしたちの洗礼を想起させます。「風は思いのままに…」の部分は昨日の福音箇所と重複していますが、「あなたは風がどこから来てどこへ行くのか知らない。霊から生まれた者もそのとおりだ」とはどういうことでしょう。
「囚われない」と解してみてはどうでしょうか。地上で見ているものに囚われないで、天上のものを見ながら生きているのです。イエス様が話した天上のことを信じるわたしたちは、「目に見えるものによらず、信仰によって生きている」と聖パウロが言うとおりです(2コリ5:7)。目に見えるものはもうわたしたちを縛ってはいません。自由なのです。目に見えるものに囚われている人、縛られている人にはわからないのです。信じて洗礼によって新たに生まれた者はイエス様という真理を見つめて生きる恵みをいただいています。そうだからこそ、第一朗読で読まれたような信者の生活が可能になります。「心も思いもひとつ」になって生きていたのです。
DAISUKE