聖週間に入りました。普段より、主キリストがおん父から与えられた道、つまり受難と死と、そして復活への道のことを考え、黙想する典礼上、一番重要な一週間であります。
今日の福音の中で、主イエスが耐え忍ばなければならなかった大きな心の苦しみの話があります。それは、裏切りのことです。キリストから選ばれたユダがキリストを裏切るのです。そして、使徒の頭として選ばれたペトロがキリストを否むのです。それは、おん父の永遠からの計画でした。人間の救いのために、これしかないという、おん父のみ旨でした。その計画の完璧な実現のために主イエスは、最後まで、十字架の道を歩まれたのです。
私たちも、人生の歩みの中で、キリストを裏切ったり、否んだりすることもあるのではないでしょうか。
使徒の落ち度よりも、ひとりひとりの私たちの罪を目の当たりにして、それらを贖うために、主イエスは、ご受難に赴き、十字架上で亡くなられましたが、その後の栄えある復活は私たちの希望の源泉であり、自分の日ごとの十字架を担う力の源であります。
Achille Loro Piana