今日の福音書の箇所は「金持ちの青年」の話に続いて記されています。2つの話に共通するテーマは財産です。金持ちの青年は救われるために律法をきちんと遵守してきました。けれどもそれは生活苦のために仕事に追われる暮らしをしなくても良いからできたことだったのかもしれません。この青年は「財産あっての自分」ということに気づかされて悲しんでイエスのもとを去ったのだとも考えられます。
「地獄の沙汰も金次第」ということばのように、いつの時代も人は「お金さえあれば何とかなる」と信じているのです。財産の力を過信しているのです。イエスは「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と救いは財産によって実現するものではない、地獄の沙汰はお金ではどうにもならないことを教えています。
さらに「神は何でもできる」と救いは神さまから与えられるものであることを示唆しています。もっとも信頼すべきは財産ではなくて神さまなのです。私たちが神さまに「何もかも捨ててあなたに従ってまいりました」ということができるくらいに深い信仰、信頼を持つことができるようになりたいものです。
T.K